TOP>レッド・ツェッペリン【Led Zeppelin】
レッド・ツェッペリン【Led Zeppelin】のコンテンツ
レッド・ツェッペリン【Led Zeppelin】とは
レッド・ツェッペリンは
イギリスのロックバンド。世界のロックバンドの中で最高峰を極めた
バンドの1つとして知られている。
略称は、Zep若しくはLed Zep。またはZeppelinと呼ばれることが多く、
メンバーもインタビューなどで自分たちを「ゼッペリン Zeppelin」と呼んでいる。
1970年代、
レッド・ツェッペリンは世界で最も人気のあったアーティストであり、常にマスメディアとの
距離を置き、TVにはほとんど出演しなかったにもかかわらず、アルバムセールスや
観客動員数・ギャランティで史上空前の記録を作り続けた。
解散して25年以上経つ現在でも世界中でアルバムが売れ続け、巨大な影響力を
持ち続けている。
アメリカだけでも通算アルバムセールスは1億枚を超えており、これはエルヴィス・
プレスリーやビートルズと並ぶセールスであり、マイケル・ジャクソンやローリング・
ストーンズの倍以上のセールスである。
日本でも、
レッド・ツェッペリンは
デビューしてすぐにスーパースターとなり、1971年の初来日公演の衝撃と
素晴らしさは日本の音楽史上に残る伝説となった。
1960年代中頃、イギリスの若いミュージシャンの間では本国アメリカで忘れられていた
ブルーズがブームとなっており、それをさらにパワーアップし、ドラマティックにした彼らは
後の世代にヘビー・メタル・ロックもしくはハードロックと言われる音楽を世界中に知らしめた。
また
レッド・ツェッペリンの楽曲にはアコースティックナンバーも多く、ブリティッシュ・フォークから
中近東音楽に渡る幅広い音楽性を持ち、ビートルズとは、また違った方法論でロックの
限界を押し広げた。
『レッド・ツェッペリン I』でデビューした彼らは音楽シーンに衝撃を与えると同時に
またたく間に人気を得たが、オフステージでの乱痴気騒ぎは酒池肉林を地で行く激しさで、
大抵のロックバンドのご乱行には慣れている筈のプレスの眉をしかめさせた。
また新人としては破格の、アルバム5枚で20万ポンドというレコード会社との契約金は、
牧歌的ヒッピー文化の色濃い当時にそぐわぬ華々しさであり、その派手さを快く思われなかった
面もある。
そのためか初期の
レッド・ツェッペリンは熱狂する聴衆と市場に反してプレスから酷評されたという
逸話が残っている。
⇒
参照:ウィキベティア
レッド・ツェッペリン【Led Zeppelin】のアルバム
- レッド・ツェッペリン I(Led Zeppelin|) 1969年1月12日
- レッド・ツェッペリン II(Led Zeppelin II) 1969年10月22日
- レッド・ツェッペリン III(Led Zeppelin III) 1970年10月5日
- レッド・ツェッペリン IV(Led Zeppelin IV) 1971年, 11月8日
- 聖なる館(Houses of the Holy) 1973年3月28日
- フィジカル・グラフィティ(Physical Graffiti) 1975年2月24日
- プレゼンス(Presence) 1976年3月31日
- 永遠の詩(狂熱のライヴ)(The Song Remains the Same) 1976年9月21日
- イン・スルー・ジ・アウト・ドア(In Through the Out Door) 1979年8月15日
- 最終楽章 (コーダ)(Coda) 1982年11月19日
- BBCライヴ(BBC Sessions) 1997年11月11日
- 伝説のライヴ(How the West Was Won) 2003年5月27日
posted by YouTube洋楽大好き★パパ at 23:25
|
TrackBack(3)
|
アーティスト名>Led Zeppelin